Article: #04|資産に向き合い、人に向き合う。

#04|資産に向き合い、人に向き合う。
いま私は、IFA(Independent Financial Advisor)としてお客様の資産運用に向き合う仕事をしている。
IFAとは特定の金融機関に所属せず独立した立場から資産運用のアドバイスを行う為、独立系ファイナンシャルアドバイザーと呼ばれることが多い。米国では半世紀以上の歴史と一般家庭から富裕層まで幅広く普及しているが、日本ではまだ歴史も浅く、資産運用の相談相手として思い浮かぶのは銀行や証券会社が主流である。私は前職の証券会社を辞めて10年ほどたち、今ではIFAのキャリアの方が長くなっている。
その中で最近強く感じているのは、向き合っているのはお金そのものだけではないということだ。将来をどう考えるか。何を大切にしたいのか。どこまでなら不安なく進められるのか。そうしたことを整理しながら、その人にとって納得できる判断を一緒に考えていく。それが、いま自分が受け止めているこの仕事の姿に近い。
運と縁
もちろん、最初からそう考えていたわけではない。ここにたどり着くまでには遠回りもあったし、自分の見方が変わるいくつかのきっかけもあった。振り返ると、まず思い浮かぶのは、自分がこれまでどれだけ運や縁に恵まれてきたかということだ。これまで家族や友人にも恵まれた。両親や姉との関係も、いまではとても穏やかなものになっている。姉とは中学生くらいまで仲が良いとは言えなかったが、大人になるにつれて自然と距離が縮まり、今では普通に何でも話せる。そうした人との関係に支えられながら、ここまで来たのだと思う。
お金や生活の面でも、大きな不自由を感じずに過ごしてこられた。それを当たり前のように受け取っていた時期もあったが、いま振り返れば自分の努力だけでは届かない部分を家族や環境に支えてもらっていたのだと分かる。進学についても同じ感覚がある。中学受験では抽選に通って入学できたし、高校も自分の学力だけで考えれば難しかったところに、競泳の成績で進むことができた。大学も本来の競技成績だけで見れば、簡単に入れた場所ではなかったと思う。もちろん努力はしていたが、それだけで説明できるものではない。少しの努力に、たまたま良い流れや出会いが重なって、ここまで来られた。その感覚はずっと自分の中にある。
初めての配属
最初に入った証券会社でも、振り返ると似たようなことを感じる。最初の配属は地方店舗だった。そこで出会った先輩や上司・同僚には本当によくしてもらい、仕事のことだけでなく、それ以外の面でも気にかけてもらった。地方店舗だったからこその距離の近さもあったのだと思う。人が少ない分、お互いをよく見ていて、自然と関係も深くなりやすかった。その後、大規模店舗に異動してから最初の環境のありがたさを実感した。大きい店舗は人も多く活気もあるが、その分先輩や上司も数字に追われていて、それぞれが自分の役割をこなすことで精いっぱいになる。地方店舗のように、公私をまたいで自然に面倒を見てもらえる関係は、生まれにくいのかもしれないと思った。
私は最初の店舗では、営業成績も比較的よかった。自分としては頑張っていたつもりだったし、結果も出ていた。だから当時は、自分にはそれなりに営業の力があるのだと思っていた。社内で評価されることや、出世することへの意識も強かった。数字を出すこと、期待されること、結果を残すこと。そうしたものが仕事の中心にあり、それが営業としての価値だとかなり素直に考えていた。
営業とは商品を説明し、その良さを伝え、納得してもらう仕事だと思っていた。自分なりに誠実でいたつもりではあるが、いま思えば、その誠実さもかなり限られた範囲のものだったのだと思う。相手のためを考えていないつもりはなかったが、実際には自分がどれだけ結果を出せるか、自分がどう見られるかという意識がかなり前に出ていた。
営業のうまさや格好よさについても、どこかで勘違いしていたところがあった。一回目の提案で話が決まり、約定まで進むことに営業としての強さを感じていたし、投資の提案でもタイミングや銘柄を分けるより、一度で決めるほうがスマートだと思っていた。迷いなく勧め、迷いなく決めてもらう。それが良い営業なのだと考えていた。
数字への違和感
ただ、その感覚は長く続かなかった。良い成績を背景に期待されて大きな店舗へ異動したとき、自分は思うように営業ができなかった。最初は理由がよく分からなかった。これまで通りやっているつもりなのにうまくいかない。地方店舗では自然にできていたことが通用しない。そのとき初めて、自分はかなり環境に支えられていたのだと気づいた。
一店舗目では、お客様にも恵まれていたのだと思う。無理なく成績が出ていた部分もあった。けれど当時の自分は、それを自分の営業力だと捉えていた。異動してみて初めて、自分ができていたつもりのことの中に、周囲の支えや環境の良さが多く含まれていたことが見えてきた。少し大げさに言えば、自分の実力を自分がいちばん正確に見られていなかったのかもしれない。
それでも当時の自分は、まだ営業という仕事を「どう売るか」という目線で見ていた。数字の作り方には次第に違和感を持つようになっていたし、顧客にとって本意ではない形で数字を積み上げるやり方は、自分にはどうしても合わなかった。もともと、そこに一生しがみつこうとは思っていなかった。いつ辞めてもいいとまでは言わないが、その競争の論理に自分を預け続けるつもりではなかった。そうした思いもあり、誘われてIFAに転身したことは、自分にとって自然な流れだった。
IFAへの転身と挫折
ただ、IFAに転身したからといって、すぐに仕事がうまくいったわけではなかった。むしろ最初の頃は、自分の無力さをこれまで以上にはっきり感じた時期だった。思っていたより、資金を預けてくれる方は少なかった。もちろん準備不足もあったし、自分がもっとできたこともたくさんあったと思う。ただ、それ以上に大きかったのは、自分が築いてきたと思っていた信頼関係が、実は自分が思う形ではなかったのかもしれないと気づいたことだった。これまで付き合いのあったお客様の中には、自分個人というより、会社と付き合っていた方も少なくなかったのだと思う。
それは正直こたえた。自分ではもっと信頼を築けているつもりだったし、自分なりに積み上げてきたものがあると思っていた。けれど、環境が変わると、その関係は思っていたほどそのままでは続かなかった。看板が変わったときに残るものは何か。自分に本当にあるものは何か。そう考える時間が増えた。
変化の兆し
焦りもあったし、不安もあった。これまで自分は、運や環境にかなり助けられてきたのではないか。そうだとすれば、自分はこれから何を頼りに仕事をしていけばいいのか。そんな気持ちを抱えながら過ごしていた時期だった。その頃、自分たちで会社を立ち上げる準備をしていた時期に、今の会社の代表と偶然出会った。代表も会社を創業するために、たまたま同じIFA事業者に入ってきた。振り返ると、その出会いもひとつの縁だったのだと思う。
代表の経歴は割愛するが、リテール営業の証券マンのほんの一握りしか歩めない輝かしい実績を持っていた。ゴリゴリの営業マンを想像していたが、どちらかというと柔らかい雰囲気をまといながら、自分の中にしっかり信念を持っているような人だった。自分にとって大きかったのは、出会えたことそのものもそうだが、その人を通してお客様への向き合い方が変わったことだった。印象に残っている言葉として、
自分たちの仕事を「営業」ではなく「サービス業」と言っていたことだ。
金融商品の販売技術を上げて売り上げを追及していくということではなく、お客様それぞれに求めているものが違うということ。お客様の年齢や性格、これまでの経験、家族のこと、何を大切にしているかによって、取れるリスクも、取りに行きたいリターンも大きく違う。いい商品が最初から一つあるわけではなく、その人の考え方や背景、求めていることによって、提案の形は変わる。いかにお客様が納得して一緒に資産運用のパートナーとして選んでいただけるか。言われてみれば当然のことだが、その頃の自分には、まだ本当の意味では分かっていなかったのだと思う。それまでは、まず商品があり、それをどう伝えるかが営業だと考えていた。けれど、その出会いをきっかけに、自分の中で順番が変わった。まずはお客様の話を聞く。商品はそのあとでいい。商品は、お客様の目的をかなえるための手段であって、それ自体が主役ではない。そのことが、ようやく腹落ちした。
自分らしいスタイル
もちろん、いつでも同じ形で進めるわけではない。商品そのものを知りたいお客様もいるし、そういう場合は最初に商品から話して、そこから背景や考え方へ広げていくこともある。今はあえて「こうあるべき」という営業の型を持ちすぎないようにしている。こちらが決めた流れに相手を乗せるのではなく、その方がどういうスタンスで来られているのかを見ながら合わせていく。まず不安を聞いてほしい方もいれば、最初に情報を整理したい方もいる。その違いを受け止めながら話すようになった。
この変化は、自分の仕事の感じ方そのものも変えていった。
以前は、一度で決めることや、早く結果につなげることに価値を感じていた。けれど今は、短い成果よりも、長い信頼のほうが大事だと思っている。投資のタイミングを分けることも、すぐに結論を出さないことも、その方にとって必要なら、それが一番自然な進め方になる。こちらにとって見栄えのいい提案かどうかではなく、その人が納得して進められるかどうかのほうが、ずっと大切だと思うようになった。そう考えるようになってから、この仕事の見え方も少し変わった。
「資産運用の手助けをしている」という言い方は間違っていないと思う。ただ、それだけでは少し足りない気もしている。自分が向き合っているのは、その人がこれからどう暮らしていきたいか、どんな将来を思い描いているかという、もう少し長い時間の話だからだ。
お金は人生のすべてではないが、安心して生きていくための土台のひとつではある。その土台のことを一人で考え続けるのは、思っている以上に大変なことなのだと思う。
相場がある以上、結果がどう進むかは誰にも分からない。思うようにいかないこともあるし、あとから振り返って初めて分かることもある。それでも、お客様と納得しながら進んでいけることには意味がある。何を選ぶかだけでなく、なぜそれを選ぶのかを一緒に考えること。分からないことを分からないままにしないこと。急がなくていいことは急がないこと。そうした積み重ねが、長い目で見た安心につながっていくのだと思う。
地道な営み
自分はもともと、コツコツ積み上げることがあまり得意ではなかった。むしろ、そういう努力を避けてきたところもあると思う。ただ不思議なことに、漫画でいえば『はじめの一歩』のような人物や、スポーツでいえばイチロー選手のように、地道に積み上げていく人にはずっと惹かれていた。自分には苦手なものなのに、どこかで憧れていたのだと思う。仕事の中でいろいろな経験をして、結局は自分もそこに向き合うことになった。
信頼は一度でできるものではないし、提案も一回の会話だけで完結するものではない。相手の話を聞き、背景を理解し、少しずつ関係を積み重ねていく。その当たり前のことを続けていくのが、実は一番大切なのだと感じるようになった。そして、考え方や仕事の仕方を変えてからのほうが、前よりもずっと仕事が楽しいと思えるようになった。以前の自分は、仕事を通して自分の位置を上げようとしていたのだと思う。
今は仕事を通して、お客様がお金のことを一人で抱え込まなくていいようにしたいと考えている。この違いは、自分の中ではかなり大きい。
社会という言葉は大きいが、実際には、誰かの不安が少し軽くなることや、一人では決めきれなかったことを誰かと一緒に考えられること、そうした小さな支えの積み重ねで成り立っているのかもしれないと思う。
お金のことは大事なのに、意外と人に相談しにくい。情報は多いのに、かえって何を信じていいのか分からなくなることもある。
そんなときに、一緒に考える相手がいること、金融の言葉を少しでも暮らしの言葉に置き換えて話せることには、思っていた以上の意味があるのではないかと思う。自分の仕事で相場そのものを変えることはできないし、未来を約束することもできない。けれど、お客様が自分の人生に照らして納得できる判断を支えることはできるかもしれない。お金のことを一人で抱え込まないで済むようにすることはできるかもしれない。そう考えると、この仕事は派手ではなくても、人の暮らしを長い目で支える仕事なのだと思う。
資産と人
運や縁に恵まれてここまで来た。けれど仕事だけは、それだけでは続かなかった。
環境に支えられていた自分に気づき、看板が外れたときの心細さも知り、そのなかで人との出会いを通して、少しずつ仕事の意味が変わっていった。今はうまく見せることより、納得して進めることのほうを大切にしたいと思っている。お客様の目的を一緒に確かめ、そのための手段として商品を考え、時間をかけて信頼を積み重ねていく。そういう仕事を、これからも続けていきたい。
私がここまで旅してきた社会は、競争の中で自分の立ち位置を気にする場所でもあり、同時に、誰かと同じ目線に立つことを少しずつ覚えていく場所でもあったのだと思う。いまようやく、自分の仕事は資産を動かすこと以上に、人が将来に向き合うときの心細さを少し和らげることにあるのかもしれないと感じている。
そのことを、これからも仕事を通して確かめていきたい。

森下 雅之 Masayuki Morishita
ペレグリン・ウェルス・サービシズ株式会社所属
6年間銀行系証券会社に勤務の後、IFAとして活動。SBI証券・楽天証券・三田証券と提携他、
イラスト @Naoto Takamatsu

