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brand concept

社会を、旅する。

Wayfaring Society.

社会は、どうやらひとつじゃない。

他者と出会えば、
まだ見ぬ社会がそこにある。

仕事と向き合えば、
地図より深く、社会を歩く日々。

丈夫なナイロンを背負い、
美しい風合いを宿す革に自分の変化を重ね、
面倒なくらい時間をかけて、
私たちは社会のつくり手になっていく。

WONDER BAGGAGEは、
相も変わらず変わり続けようとする人を、
背中から讃える鞄。

これまで背負ってきたものと、
これから向かう先のあいだで。
きょうも社会を旅する人がいる。

Behind the Brand

私たちの考えていること

デザイナー | 渡利 ヒトシ

鞄のこと。

WONDER BAGGAGEの鞄は、軽さや収納力といったスペックだけではなく、「何年後にどう変わっているか」を強く意識して作っている。

素材の選択はそこを起点としている。「社会を旅する」という行為は、毎日繰り返される。雨の日も、長い移動の日も、仕事が立て込んだ日も、鞄はあなたのそばにある。その積み重ねに耐えられる素材でなければ、道連れにはできない。丈夫で型崩れしにくいナイロンを選んだのは、そういう理由からだ。軽さや見た目も大事だけれど、私たちはWayfaring(ウェイフェアリング)という行為そのものに耐えられるかどうかを基準にしている。

革は、その時間を可視化するために使っている。

使うほどに色が深まり、傷が増え、持ち主の歩んできた道が鞄の表面に滲み出てくる。新品のときよりも数年後のほうが美しい。それは旅の足跡が蓄積されているから。革を使うのは、上質さだけではなく、歩んできた時間を記憶するためでもある。

縫製や金具の仕様も同様の観点にある。繰り返しの使用に耐えられるかどうか、デザインにおいては、長く使い続けることに耐えうるように、姿はあくまで飽きがこないことを重視している、その上で美しさを備えているか。そこには素材とデザインを対話させながら自分たちらしさを生み出すことが大事だ。そこに行きつくためには試作を重ね、面倒なくらい時間を費やす。それは私たちは完成品に迷いを残したくないから。

修理を受け入れるのも同じ理由から。「壊れたら買い替える」ではなく、直して使い続けることができること。鞄の寿命は、素材の寿命より長くあってほしいと思っている。

使い手のこと。

WONDER BAGGAGEを使っていただいている人は、仕事に自分なりの向き合い方を持っている人が多い。

効率や合理性を否定しているわけではない。ただ、そこだけに価値を置いていない人。仕事を「こなすもの」ではなく、社会と関わるための「営み」として捉えている人。そういう人の手の中に、この鞄がなじむようになってほしい。

毎日使う道具に、自分の姿勢を重ね合わせる。どんな鞄を選ぶかは、どんな時間を生きているかの表れでもある。ブランドロゴを誇示したいわけでも、トレンドを纏いたいわけでもなく、ただ自分にとって正しい道具を選びたいと思っている人に届いてほしい。

年齢や職種よりも、「変わり続けようとしているかどうか」ということが、使い手としてイメージされる。今いる場所に安住せず、仕事や人との関わりを通じて自分と社会を更新し続けようとしている人。そういう人の日常に、この鞄が長く寄り添えればと思う。

時代のこと。

いま、市場には似たような鞄が溢れがちだ。

その理由は現代の市場構造変化によってもたらされたと考える。どんなデザインが売れるかをデータで調べること、OEM工場への委託、広告のアルゴリズムの最適化、それらの方法は技術進歩により誰もが手軽にバッグブランドを立ち上げることができる時代となり、その結果、皆が同じ答えに辿り着くことになる。技術革新による最適化された同質化である。

さらにAIの登場で、この傾向はさらに加速する。

情報の整理、画像のデザイン、市場分析。かつて人間の時間と経験を必要としていた作業が、瞬時にそして大量に、均一な品質でクリエイティブが生成できるようになった。AIは正確に市場の求める最適解を提案する。しかしその答えは、同時に同質化を加速することを意味し、人は同じような製品を生みだし続ける結果となる。

だからこそ、問い直したいことがある。

合理的な答えが誰にでも手に入る時代に、「価値」とは何か。それは、合理性では説明できないもの、つまり「なぜかこの人はこれに拘る」という属人性であり、効率より先に感覚が動いた結果としての判断であり、データには現れない作り手の固有の「問い」ではないだろうか。

WONDER BAGGAGEは、マーケットの最適解に流されない。

作り手自身が仕事や社会との関わり方に「問い」を持ち、その問いに素直に従った結果として、この鞄の形がある。なぜナイロンか、なぜこのデザインか、なぜ修理できる設計か。その一つひとつの判断の背後に、数字ではなく思想がある。それはAIには生成できない。なぜなら、問い自体がこの作り手の生き方から来ているからだ。

非合理に見えるこだわりが、コピー不可能な固有性となる。

効率的に作られた鞄は、効率的に別の鞄に替えられる。でも、作り手の「問い」を宿す鞄は、そう簡単に手放せない。それは鞄が、スペックではなく文脈を持っているからだ。使い手はその文脈ごと、鞄を所有している。

作り手のこと。

WONDER BAGGAGEは、大阪を拠点とする小さな会社から生まれている。

私たちは信頼できる各地の鞄工場と長く付き合いながら作っている。大量生産を行い単価を下げるより、工場との関係を丁寧に保つことを優先。量より関係性、という選択だ。

ブランドを立ち上げた動機は、マーケットの隙間を埋めることではなかった。作り手自身が、仕事や社会との関わり方に問いを持ち続けていて、その問いが鞄という形になっている。だから、流行に乗って素材やデザインを変えることには消極的だ。

しかし「思想があること」を売り文句にしたいわけでもない。ただ、なぜこの素材か、なぜこの形か、なぜこの価格か。その一つひとつに、説明できる理由があること。モノが存在する理由が重要だと考えている。

私たちは小さいブランドだ。それは弱点でもあるが、誠実でいられる条件でもある。大きくなることより、私たちは長く続くことを目指している。

「社会を、旅する。」ということ。

「旅する。」という言葉を選んだのは、移動することを勧めたいからではない。

英語で言えば「Wayfaring」。目的地に最短で着くことではなく、道中を歩くこと自体に意味がある、という理解だ。この言葉は文化人類学者ティム・インゴルドの『Lines』という著作からの引用からきている。

インゴルドは、人間の移動を二つに分けて考えた。一方は「Transport」、出発点と目的地だけが意味を持ち、道中は単なる通過に過ぎない移動。もう一方が「Wayfaring」道を歩くこと自体が経験であり、歩き手は環境と関わりながら、歩くことで自分自身も変化していく移動だ。

現代の多くの仕事は、Transportに似ているように思う。目標を設定し、最短ルートで達成する。それはとても合理的で効率的だ。でも、道中で出会うはずだったものを、どこかに置き去りにしている。

WONDER BAGGAGEが信じているのは、Wayfaringとしての仕事。

仕事を通じて他者と出会い、会話をする。その行為はおおよそ自分の描く目標線上にあるものではない。時として無駄と呼ばれる行為にも感じられる。しかしその無駄と呼ばれる場所にこそ、大切にしたいものが落ちているのではないか。自分の知らなかった世界を垣間見、自分の輪郭が変容する。うまくいかなかった経験が、思わぬところで血肉になっていく。そういう「道中の足跡」が、自分自身を形つくってゆく。インゴルドが言うように、歩き手は道を通過するのではなく、歩くことで道を生きている。仕事も同じだと思っている。

「社会」という言葉も、少し定義し直してみる。

社会は、空気のように私たちを取り巻いている固定された空間ではない。他者と出会うたびに、仕事と向き合うたびに、見識が広がることで、自分の前に新たに立ち上がっていくもののように考える。見知らぬ誰かの仕事の話を聞いただけで、自分が生きている社会の見え方が変わることがある。

つまり、社会は「所属する場所」ではなく、「関わることで現れてくる場所」だ。

だから「社会を旅する」というのは、社会の中を移動するという意味ではない。関わり続けることで、社会を自分の手で発見していくということだ。地図に書かれた道をなぞるのではなく、歩くことで地図を更新していく。そういう生き方の姿勢を指している。

読点ひとつの話をする。

「社会を、旅する。」の「、」は、最後まで残すかどうか迷った。でも、あったほうがいいと思った。

効率を求めれば、あの読点は要らない。でも、あの一拍があることで、言葉が急がなくなる。社会と旅するあいだに、ほんの少し呼吸をする時間が生まれる。それは、このブランドが大切にしている余白そのものだと思っている。

速く着くことより、道中を丁寧に歩むこと。WONDER BAGGAGEが作りたいのは、そういう時間の中で使われる鞄だ。

社会を、旅する。コンテンツ

いとなミズム

ブランドコンセプト「社会を、旅する。」を体現するため、その旅のかたちを様々な仕事人の言葉から集めていきます。

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